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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)6484号 判決

債権者 田島花子

債務者 日米ブラインド工業株式会社

主文

本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

第一債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、「債務者は、別紙図面〈省略〉(一)表示の構造を有する折畳ドアーの製造販売をしてはならない。」との判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

(理由)

一  債権者は、「折畳ドアー」の構造に関する登録第四〇九九六八号実用新案権(以下本件実用新案権という。)の権利者であり、現在、大建工業株式会社にこれが実施を許諾し、同会社から、使用料として、毎月金一万五千円の支払を受けている。

二 しかして、本件実用新案権の登録請求の範囲は、「別紙図面(二)(三)に示すように、両端の縦杆(a)(b)間に中央縦杆(1) を多数並列し、別に中央を横方法に切断(2) し切断線の端から直角に縁まで切断(2) して遊離片を構成し、該遊離片を彎曲して円筒形の壺金(3) を縦方向に構成し、壺金部の上方部分を壺金よりも大形に彎曲して半円形彎曲部(4) を構成した同形の二枚の帯金(m)(n)をその切断部分を介して両壺金部が一線上にあるよう組み合わせた壺(10)に前記中央縦杆(1) をそれぞれ挿入し、各帯金の両袖片の遊離端は中央縦杆の両側に縦に並列した両側側杆(5) に蝶着(6) し、中央縦杆中両端のものを両縦杆(a)(b)にそれぞれ取りつけて、相隣る中央縦杆及び両側側杆を交点とし帯金を辺とした四辺形を多数構成し、その外面に幕布(7) を張設して蛇腹状にしてなる折畳ドアーの構造」であり、その権利範囲は、前記のような帯金の枢着機構を附加的要素とし、「相隣る中央縦杆及び両側側杆を交点とし帯金を辺とした四辺形を多数構成し、その外面に幕布を張設して蛇腹状とした折畳ドアー」の構造全体にある。

三  債務者は、ブラインドの製造販売を業とする会社であるが、昭和三十二年八月ごろから、別紙図面(一)表示の構造を有する折畳ドアー(以下債務者製品という。)を製造し、業界にひろくその宣伝を行いつつある。

四  しかしながら、債務者製品の構造は、本件実用新案権の前記権利範囲に属するものである。すなわち、債務者製品は、別紙図面(一)に示すように、二枚の自在板ABの中央部を交叉して組み合わせ、かつ交叉部を枢軸で回動自在に枢着したものを順次並列し、その自在板の両端を隣同志互に蝶着して仲縮自在にし、交叉部と隣の交叉部との間の自在板で四辺形を形成させ、その外面に幕布を張設して仲縮自在の蛇腹状とした折畳ドアの構造を有するが、この構造は本件実用新案権の構造と全く同一である。ただ、両者の構造上の差異としては、自在板(帯金)の中央枢着部を構成する方法として、本件実用新案権においては、両自在板の中央部を、一個は上側を、他の一個は下側をそれぞれ同型に切断しているのに対し、債務者製品においては、一個の自在板の中央部分を円形にくりぬき、他の一個は該円形の直径に等しい円内に嵌入できるように中央部を残して上下両側をくりぬいている点が認められるけれども、両者いずれもいわゆる蝶番構造として当業者に周知の方法であり、本件実用新案権の構造の要部に関する差異ということはできない。

したがつて、債務者製品が本件実用新案権にてい触することは明日であり、債務者は、右製品を製造することによつて、債権者の本件実用新案権を侵害するものである。

五  よつて、債権者は、債務者に対し、本件実用新案権に基く、右侵害行為禁止等の本訴を準備中であるが、前記大建工業株式会社の折畳ドアーの販売は、最近ようやくその軌道に乗り、債権者の受ける使用料も従来の数倍になろうとしていたところ、債務者の右侵害行為によつて、大建工業株式会社の販路が著しく阻害されひいては、債権者の受ける使用料が次第に減少し、ついに皆無になるおそれさえあるから、このような回復しがたい損害を避ける等のため、本件仮処分申請に及ぶ。

六  なお、債務者は、本件実用新案権の権利範囲が、公知部分を除外した壺金構造にのみ限定されるべきであると主張するが、債務者主張のような公知部分の存在することは、本件実用新案権を無効とする資料とはなりえても、その権利範囲を限定する根拠とはなりえないというべきである。なぜなら、本件実用新案権が権利として成立している以上、何らかの新規性を有しなければならないにもかかわらず、債務者の右主張に従えば、壺金構造自体については新規の考案は認められないから、結局、権利範囲のない権利という不合理な結果を生ずるからである。

また、百歩を譲つて、本件実用新案権の権利範囲が壺金構造に限定されるべきであるとしても、債務者製品の当該部分の構造は、その作用効果において、本件実用新案権のそれと同一であるから依然その権利範囲に属するものである。

第二債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として次のとおり陳述した。

(理由)

一  債権者主張の事実中、前記一のうち、債権者が本件実用新案権の権利者であること、前記二のうち、本件実用新案権の登録請求の範囲が債権者主張のとおりであること及び前記三の事実は、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

二  債務者製品は、本件実用新案権の要部たる構造を具えていないから、本件実用新案権とはてい触しない。すなわち、

(本件実用新案権の権利範囲)

(一)  およそ、実用新案権の権利範囲を確定するには、説明書中の請求の範囲を中心として、その他の記載、図面等を参酌すべきことは勿論であるが、権利範囲として記載された事項のうちに、公知公用に属する部分がある場合には、公知公用の各部分を組み合わせたところに当該実用新案権の新規性を認むべき場合を除き、一般に、右の記載事項から公知公用部分を除外して考案の新規な範囲を抽出し、権利範囲をこの部分に限定して理解すべきものである。

これを本件実用新案権についてみるに、その登録請求の範囲のうち、「(a)(b)両縦杆の間に中央縦杆(1) を多数並列し、中央縦杆を同形の二枚の帯金(m)(n)の組み合わせ交点たる壺(10)に挿入し、各帯金の両袖片の遊離端は中央縦杆の両側に縦に並列した両側側杆(5) に蝶着(6) し、中央縦杆中両端のものを両縦杆(a)(b)にそれぞれ取りつけ、相隣る中央縦杆及び両側側杆を交点とし帯金を辺とした四辺形を多数構成し、その外面に幕布(7) を張設し蛇腹状にしてなる折畳ドアーの構造」の部分は、本件実用新案権出願前である昭和二十六年七月十一日特許庁受入の英国特許第五九六三一五号及び同第五九六六六七号の図面及び明納書に記載された「折畳式ドアー等」の構造、あるいは、同年八月公刊の雑誌「新建築」に記載された「アコーデイオン、ドアー」の構造と同一であり、本件実用新案出願前すでに公知のものであるから、右部分は単に本件実用新案権における物品の型を示す意味を有するにとどまり、結局、本件権利範囲の要点は、「中央を縦方向に切断し、切断線の端から直角に縁まで切断して遊離片を構成し、該遊離片を彎曲して円筒形の壺金を縦方向に構成し、壺金部の上方部分を壺金部よりも大形に彎曲して半円形彎曲部を構成した同形の二枚の帯金をその切断部を介して両壺金が一線上にあるように組み合わせた壺金の構造」に限定されるべきである。

(構造上の差異)

(二) しかして、債務者製品の構造は、外観上、前記公知にかかる折畳ドアーとほぼ同様であるが、その壺金の成型構造及びこれと帯金との組み合わせ構造は、「別紙図面(一)に示すように、二枚の帯金中(A)の中央部を鍔状にくりぬいて空所(1) とし、その上下端の残壁(2) をそれぞれ半同筒状に彎曲し、該半円筒に別に形成した円筒を抱合し、これを蝋着して短円筒状の軸承部(壺金)を上下に構成し、他の帯金(B)は、その中央部壁(4) の大半を残してその上下端を切り取つて空所とし、さらに該中央部壁を半円筒状に彎曲し、この半円筒内に別に作つた長い円筒(7) を抱合させ、これを蝋着して比較的長い筒状の軸承部(8) を構成し、(B)帯金の軸承部(8) が(A)帯金の上下二つの短円筒状軸承部間に介入するように組み合わせ、この上、中、下三つの軸承部に中央縦杆(10)を挿入」したものであり、本件実用新案権の当該部分の構造との間には、次のような根本的な差異が存する。

(い)  本件実用新案権は、中央縦杆を支承する軸承が同長二個であるが、債務者製品は、短、長、短の三個である。

(ろ)  前者においては、帯金から切断した遊離片自体を彎曲して円筒形として壺金を構成するのに対し、後者においては、壺金部に別個の円筒を抱合蝋着する。

(は)  前者においては、帯金が彎曲せず、展開時に遊離片と帯金との切断線が、これに組み合わせた帯金の面に接触することによつて、両帯金の平行化を避ける構造を有するのに対し、後者においては、帯金自体彎曲しており、前者の切断線の構造を有しない。

(作用効果上の差異)

(三) 本件実用新案権においては、説明書中に「中央縦杆を遠ざけることにより展張し、近づけることにより折畳まれて一方に片寄せられる。しかして、本案は、前記のごとき構造にした帯金二個を組み合わせて中央縦杆にその中央を蝶番式に取りつけたため、伸縮に当り帯金が回動し…………円滑に開きうる」との作用効が記載されているが、右は前記公知事実である折畳ドアーそのものの効果を一歩も出るものでなく、本件実用新案権の要部である壺金構造による効果としては、その簡便性と前段(は)に指摘したところの構造によつて展開時から折畳みに移行するに際し、僅少な初動で円滑に作動することが考えられるのに対し、債務者製品においては、(い)軸承部が上、中、下三段になつているため、縦杆を確実に支承することができ、軸承部の振動による損傷が少い点、(ろ)軸を挿入する円筒が完全な円形であるため、縦杆の振動が少く、したがつて、張設した幕布の美観を保つ点で、本件実用新案権に優る作用効果を有する。

(四) 以上の次第で、債務者製品は、本件実用新案権の要部と全く異つた構造を有するものであるが、仮に、本件権利範囲が右要部にとどまらず、前記公知部分たる折畳ドアーの構造自体に及ぶとしても、構造上前記のような重要な差異がある以上、全体的に観察して本件実用新案権にてい触するということはできない。

三 なお、債務者製品が本件実用新案権にてい触する疑があるとしても、債権者は、その主張によれば、本件実用新案権につきみずから製造販売することなく、第三者から、その販売数量にかかわらず定額の実施使用料をえているだけであるから、債務者の侵害行為によつて蒙る財産上の損害は皆無であるのに対し、債務者は、すでに債務者製品の準備宣伝費として百万円に近い出費をし、多年の信用と技術の優秀性をもつて急激にその販路を広めつつあるから、本件仮処分によつて債務者製品の製造販売を禁止されるならば、債務者の蒙る財産上信用上の損害は計り知れないものである。したがつて、本件仮処分には、その緊急必要性がないというべきである。

第三疏明関係

(債権者の疏明等)

債権者訴訟代理人は、甲第一号証から第五号証、第六号証の一、二及び第七号証を提出し、証人岡本重文、同多田俊夫及び同朝内忠夫の各証言を援用し、検甲第一号証(債権者の権利範囲に属する製品)を提出し、乙第一号証の成立は知らない、その余の乙号各証の成立及び検乙第一号証が債務者の製品であることは、いずれも認めると述べた。

(債務者の疏明等)

債務者訴訟代理人は、乙第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証の一から七、及び第五号証を提出し証人大野晋、同沼田新助及び同中村達夫の各証言を援用し、検乙第一号証(債務者の製品)を提出し、甲第四号証及び第五号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認める、検甲第一号証が債権者の製品であることは認めるが、本件実用新案権を実施したものであるとの点は争うと述べた。

理由

(争いのない事実)

一、債権者が、本件実用新案権の権利者であり、その登録請求の範囲が債権者主張のとおりであること及び債務者が、昭和三十二年八月ごろから、別紙図面(一)表示の構造を有する折畳ドアーを製造していることは、当事者間に争いがない。

(構造上の異同について)

二、前段争いのない事実によれば、本件実用新案権の登録請求の範囲に示される折畳ドアーと債務者の製造する別紙図面(一)表示の折畳ドアーとの間には、構造上、帯金の蝶着部分(以下壺金構造という。)に差異があるほか、「両端の縦杆の間に中央縦杆を多数並列し、二枚の帯金を各中央部の壺金が一直線になるよう交叉させ、その壺金に中央縦杆を挿入し、各帯金の両袖片の遊離端は中央縦杆の両側に並列した両側側杆に蝶着し、中央縦杆中両端のものを両縦杆にそれぞれ取付けて、相隣る中央縦杆及び両側側杆を交点として帯金を辺とした四辺形を多数構成し、その外面に幕布を張設して蛇腹状とした折畳ドアー」である点(以下折畳式構造という。)については、全く共通であることが明らかである。

しかして、両者の壺金構造における差異は、右争いのない事実と、証人沼田新助の証言を綜合すれば、これを次の三点に要約することができる。

(い)  前者は、上下同長二段の軸承で中央縦杆を支承するのに対し後者のそれは、上、中、下の三段であること。

(ろ)  前者の軸承部は、帯金の一部を切断して遊離片を構成し、その遊離片を彎曲して円筒形を構成したのに対し、後者においては、帯金と別個な円筒を軸承部に抱合蝋着していること。

(は)  前者においては、切断線(別紙図面(三)の(2) )が、組み合わせた帯金の面と接触することによつて、展開時に両帯金が平行化することを防ぐ構造を有するのに対し、後者においては、帯金自体を中央縦杆に接近したところで彎曲させていること。

(本件実用新案権の権利範囲について)

三、右両者の構造上の異同について、債権者は、共通点たる折畳式構造そのものが本件実用新案権の権利範囲であると主張するのに対し、債務者は、本件実用新案権の要部は壺金構造のみに存し、かつその構造において重要な差異が存すると抗争するから、まず、本件実用新案権の権利範囲がいかに確定されるべきかについて考察する。

成立に争いのない甲第一号証、同第六号証の一、二乙第二第三号証の各一、二証人沼田新助の証言によりその成立を認めうる乙第一号証に、同証人、証人大野晋、同岡本重文、同朝内忠夫の各証言を綜合すると、

(い)  本件実用新案権は、昭和二十七年十二月九日出願、昭和二十九年一月二十六日登録にかかる権利であり、その登録請求の範囲は、その説明書の記載によれば、壺金構造と結合した折畳式構造全体を対象とするものであり、とくに折畳式構造が物品の型を示すだけの意味をもつにすぎないと解すべき根拠がないこと。

(ろ) しかしながら、すでに昭和二十六年七月十一日に、前掲乙第二号証の一、二の英国特許第五九六、六六七号、第五九六、三一五号の図面及び明細書が特許庁に受け入れられており、右文献に表示された折畳式ドアー等(Collapsable doors etc.)及び折畳式門(Collapsable gates.)の構造は、本件実用新案権における折畳式構造と比較し、その間何ら見るべき差異の存しないこと。

(は)  本件実用新案の審査に当つては、当時右文献の内容を確知せず、従来の類似物品における開閉機構としては、数多の骨杆を並列してこれに幕布を附着し、骨杆の下端に転子を設け転子を軌道により移動させて畳込む構造があつたが、これに比較して本件実用新案権における折畳式構造が高度に改良された工業的考案であるとの見地から、主として、右構造の点に本件実用新案権の新規性を認めて登録査定をしたものと推測されること、したがつて、仮に審査当時前記英国文献の内容が考慮されていたとすれば、本件実用新案は、登録査定の段階で、あるいは、拒絶されたであろうと推測できること。

(に)  しかして、本件実用新案権における壺金構造は、二枚の帯金を各中心部において交叉し、これを円滑に回動させる方法として考案されたもので、その構造自体を抽出して考えれば、いわゆる蝶番構造の範畴に属するものとして、新規性を認めるわけにはゆかず、本件実用新案権の構造を構成する要素として、具体的にどんな蝶番構造をとるかということは必ずしも重要な事柄でなく、出願人並びに審査当局においても、本件実用新案権において壺金構造は折畳式構造の作用効果を可能ならしめる附加的要素であると理解していたものとみられるけれども、その反面、折畳式構造と結合すべき蝶番構造を具体的にいかに構成するかは、既成考案を利用する意味である程度限定的であるが、なお、技術的な考案力を認めることができないではなく、現に、本件実用新案権の構造においては、帯金自体を切断して遊離片を構成し、該遊離片を湾曲して円筒形の壺金を構成することによつて、壺金部分の構成を単鈍化し、また、右切断線をしてとくに組み合わせた帯金面と接触して両帯金間に一定の角度を保たしめるところの作用をも意図していることが、明細書の記載に明らかであり(もつとも、後者については、明細書中「作用効果の要領」欄に記載されるのみであるから、右作用を実現するための切断線の具体的構成は、当業者の慣行例によるべきものと解される。)これらの点が特定物品における壺金構造の結合方法として、新規な考案を構成するに足るものであること。

が一応認められ、右(に)の部分に反する甲第五号証の記載部分及び証人岡本重文、同朝内忠夫の各証言部分は、いずれも信用しがたく、他に右一応の認定をくつがえすに足りる疏明はない。

はたして、しからば、本件実用新案権の権利範囲を形成する結合要素たる折畳式構造と壺金構造のうち、前者の構造が、本件実用新案出願当時すでに国内に頒布された刊行物によつて容易に実施することができる程度に判明しており、いわゆる文献公知の観念が妥当するものであつたと見ることが相当であるところ、債務者は、さような場合は、本件実用新案権の権利範囲は残部の壺金構造に限定されるべきであると主張するが、当裁判所は、にわかにこの見解に賛同することはできない。けだし実用新案権が登録により権利として成立した以上、図面及び説明書の記載を中心として、容観的な権利範囲が確定されるものであり、いつたん、権利範囲の内容として甲乙二個の構成要素が挙げられたような場合には、その一要素が公知であつたことが事後に判明したからといつて、登録を無効とする審決あるいは登録請求範囲減縮の審判をまつことなしに、その権利を全面的に否定したり、または、公知の要素を除外した範囲でのみ権利範囲を理解したりすることは許されべきでないと解するを相当とするからである。

しかしながら、右の見解は、実用新案権の権利範囲がつねに浮動の状態にあるべきでないとする要請に基くものであり、(したがつて、公知部分の判明した時期が無効審判の可能な期間内であると否とを問わない。)もとより、それ以上に、当初の確定されるべき客観的権利範囲が、出願人あるいは審査当局の主観的範囲と一致し、図面及び説明書の記載は表示したとおり平面的に解釈さるべきであるとの結論を導くものではない。実用新案権が元来新規な型に表現された工業的考案の保護を目的とする権利である反面、新規性なる観念が極めて相対的であり、先行考案と対比することによつて価値づけられるものであるから、当該実用新案の新規性を判断する基準として、従前の工業的考案にかかる型が考慮されるべきことは勿論であり、とくに数個の構成要素の結合した全体が実用新案権の権利範囲とされる場合には、各構成要素相互間の比重-当該実用新案権の構造における重要性-を理解するため、各要素と公知公用の型との関係を考察することは欠くべからざる事項といわざるをえない。しかして、各要素と公知公用の型とを比較検討した結果、甲要素について、とくに公知公用の型との類似性が著しく、低度の新規性しか認めることができなくなつたような場合には、当該実用新案権の権利範囲を確定するに際し、甲要素を全く除外することは叙上のように許されないけれども、他の要素と比較して弱い効力-重要部分ではないとの解釈作用を加うべきことは、図面及び明細書の合理的解釈として当然許さるべきところであると解する。

本件において、前記一応の認定事実につき、これをみるに、結局、本件実用新案権における折畳式構造と壺金構造との二要素は後者に具体化された新規性なるものも、蝶番構造の一応用型であるとの点でさほど高く評価することはできないとしても、前者が公知の型と同一であることと比較すれば、なお、前記(に)に掲げたような新規性を肯定することができるから、本件実用新案権の権利範囲は、出願人及び審査当局の、あるいは、もつたであろう主観的意図とは逆に、後者の壺金構造がその重要部分を構成するものと解せざるをえない。換言すれば、本件実用新案権における折畳式構造は、それが登録後において公知性を有することが判明したからではなく、当初から、権利範囲の構成要素として、薄弱な効力しかもちえなかつたゆえに、権利侵害の有無を判断する基準として、右構造が共通性であるということは、重点を置きがたいといわざるをえない。

次に、債権者は、本件実用新案権の要部が壺金構造であるとしても、債務者製品の該構造とは作用効果において同一であると主張するので、この点について判断するに、なるほど、壺金構造における前記一応の認定のような差異は、いわゆる蝶番構造自体の使用目的だけを中心にして考えるならば、当業者の技術的変更の範囲を出ないものであるが、本件のような折畳ドアーという消費材的商品の型における異同を判断するには、構造を離れて作用効果だけを考察することは意味がなく、(例えば、全く同一の作用効果を異つた構造によつて実現し、その構造上の差異に工業的考案力が認められれば、当然新規性を肯定すべきであることはいうまでもなかろう。)、前段説示のとおり、債務者製品の壺会構造には、本件実用新案権のそれにおける主要部分を欠いていることが明白であるから、両者は、同一あるいは類似の構造ではないということができる。

(結論)

四、以上説示したところにより明らかなように、債権者の主張並びに疏明をもつてしては、債務者製品が本件実用新案権の権利範囲に属するものであるとは、認め難く、したがつて、債権者の本件仮処分申請は、進んで他の点について判断するまでもなく、被保全権利の疏明を欠くこととなるのであるが、もとより保証をもつてこれに代えることも適当でないから、理由がないものとして却下せざるをえない。

よつて、債権者の本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 篠原弘志 橋本攻)

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